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第42回衆議院議員総選挙

◆日米同盟最大の試練(PHP社刊 月間「Voice」 2001年11月号掲載)1/3

〜いますぐに集団自衛権の憲法解釈を変更すべきだ〜

――平和的な話し合いによる解決には限界がある――

9月11日夜、信じられない光景が次々に映し出されるテレビ画面に、私は驚愕と恐怖で釘づけになっていた。ニューヨークの世界貿易センタービルの火災自体が大惨事だと思っていた矢先、なんと別の棟に飛行機が突っ込み、爆発・炎上しはじめたではないか。ワシントンD.Cではアメリカ国防の中枢、ペンタゴンも炎上しているようだ。議会やホワイトハウスにも爆弾が仕掛けられ、爆発したとの未確認情報、さらにはピッツバーグ近郊でも旅客機が墜落し、行き先不明のハイジャック機がまだ数機あるのではないかという報道。同時多発テロが無限に広がり、潰れることなど微塵も考えられなかった世界貿易センタービルの崩壊は、あたかもアメリカという巨大な帝国が音を立てて崩れ落ちていく象徴のようであった。

死者・行方不明者は六千人超。米政府は早々と報復を宣言。それを受けて上下両院もブッシュ大統領の武力報復を承認する決議を行なった。テロの首謀者はウサマ・ビンラディン氏と特定された。アメリカはテロに対する正義の戦いを同盟・友好国に対して訴えかけ、報復への支持を広げている。NATO(北大西洋条約機構)は、一国への攻撃は同盟全体へのものであるとして、設立後初めて集団的自衛権を行使することを決めた。オーストラリアも、アメリカとの相互安全保障条約に基づき集団的自衛権の行使を決定した。ロシアもテロを許さない立場から、アメリカの報復を支持すると表明。日本も支持の立場を明らかにしている。

「報復には慎重であるべきだ」とか「報復は行なうべきでなく、話し合いで解決すべきだ」などの主張が国内にはある。たしかに、報復といってもしょせん、軍事行動であり、人命を奪う行為にほかならない。また、テロに対して報復を行なえば、その報復が新たなテロを呼ぶ可能性も十分考えられる。

だが、はたして六千人以上の自国民がテロの犠牲に遭いながら、その国の指導者の「報復はしない。泣き寝入りせざるをえない」という考えを、国民は納得するだろうか。それはできない相談だろう。もし今回のテロが日本で起こっていて、多数の同胞がテロの犠牲になったことを想起すれば、結論は自ずと出るはずだ。

百歩譲って、「テロヘの報復が、国民を新たな危機に曝すことになる」という前提に立ったとしても、テロに対する報復措置をとらないことが、第二、第三のテロを封じ込めることにつながるだろうか。それもありえない。なぜなら、国家にテロを仕掛ける個人・集団の多くは、何らかの目的をもってテロを行なっているのであり、その目的、たとえば国家の転覆や特定の宗教・民族の壊滅的打撃が達成されないかぎり、第二、第三のテロは続けられることになるからである。

今回のテロの首謀者と目されているウサマ・ビンラディン氏は、過去に何度もテロを繰り返し、核によるテロを模索するためウラン購入を試みたともいわれている。ハイジャック機による自爆テロに対して、仮にアメリカが報復しなければテロを終結させると考えるのは無理がある。また、タリバンの指導者の一人は、「民主主義とイスラム主義は相容れない」と盟言している。価値観そのものが根本的に違っており、他を認める包容力を持ち合わせていない原理主義が貫かれるのであれば、衝突は不可避だ。その際、力によるテロの根絶はすべてが否定されるべきではない。

平和的に、話し合いで解決すべきだと情緒的に語られることも多い。もちろん、話し合いでの解決をはじめから放棄すべきだといっているのでなはい。ただ、相手が特定されないテロ集団とどう対話するのかという技術的な問題以上に、イデオロギーや思想がまったく異なる人たちが折り合いをつけることは、象が針の穴をくぐり抜けるほど難しい。

たとえば、オウムのように、終末思想に妄執し、テロ・戦争は必然だと考えている集団に、「戦争は悪だ。テロを起こすな」という説得がはたして有効だろうか。あるいは、マルクス・レーニン主義に心酔し、その実現こそが自らの使命で、その過程で武力行使もやむをえずと考えている人たちが、テロや戦争といった暴力的な手段を放棄するだろうか。有史以来、宗教・民族・領土などをめぐり、たえず争いが繰り返されてきたことを考えるとき、平和的な、話し合いによる解決に限界があることもまた、冷徹な現実として認識しておかねばならない。