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◆F and E ism.コラム「男のこだわり」
@京都
今でも私の胸の奥深くに焼き付いていて、思い出すたびに懐かしさが蘇ってくる京都の光景があります。
ひとつは雄大な比叡山の姿です。私が通っていた修学院小学校は、比叡山のすぐふもとにあります。毎日の登下校時も、授業中にふと窓の外に目をやったときも、校庭で遊んでいるときも、そこには常に比叡山がありました。小学校の年中行事は、もちろん比叡登山で、在学中は何度も登りました。荘厳な霊山の麓に抱かれながら、少年時代を伸び伸び過ごせたことは、私にとって大きな財産だったと思います。
もうひとつは、電車の響きです。京都には叡山電車という、八瀬や鞍馬方面へ向かう私鉄が走っています。昔は京福電車とも呼ばれました。私の生家はその路線の、車庫のすぐ裏手にあったのです。
早朝、一番電車が動き始めるころ、近くの方から聞こえてくる“ゴトン、ゴトン”というレールの響き。それが目覚まし時計代わりでした。父親も毎日その電車に乗って通勤していました。
近所の子ども達の遊び場は、車庫の空き地の原っぱです。敷地内には古くなって引退した電車の車体が置いてありました。それを新人の乗務員さんのための研修用に使ったり、路線を管理する作業員の人たちが更衣室代わりに使っていたのです。
子ども達にとっては、その車体にこっそり忍び込むことがスリル満点の遊びだったのですが、すぐに駅員さんに見つかって、よく叱られました。このふたつが、私の少年時代の原風景です。
松下政経塾を出て、政治を志したころから10年以上にわたり、京都のお祭りにボランティアで参加しています。伝統と格式のあるお祭りに参加することは、京都に生まれ育った者にとって、何よりの誇りなのです。
まず日本三大祭のひとつである祇園祭。一般の方は、7月17日の山鉾巡幸や、宵山、宵々山が祇園祭だと思われているかもしれませんが、実はお祭りそのものは7月1日から28日まで続いています。
私がご奉仕している宮本組は、お宮さんのもとにある地域の奉仕団体、「講」のひとつです。祇園祭はこうした町衆が様々な行事の屋台骨を支えています。町衆の仕事は、祭りの最初のお清めから、祭りの最後のお清めまで続きますが、ハイライトはなんといっても17日の3基の神輿巡幸です。装束を着て、平安時代に書かれた勅板を持ち、鴨川を渡る。神輿の先陣を切って町を練り歩くときの昂揚感、大切なお役目を果たしているという充足感は、祇園祭りでなければ味わえない独特のものです。
8月16日の大文字の送り火も、ボランティアでお手伝いしています。送り火を燃やす役は、「大文字保存会」という銀閣寺の門前の地域に住む人たちしか割り当てられない決まりになっています。「大」の字は81の床でできていて、81件の家が、毎年場所が変わるように抽選し、持ち回りで担当しています。
私は昼に山に登り、ボーイスカウトのメンバーたちと一緒に、護摩木、火にくべるお札、消火用の水などを準備しています。中学時代に父を亡くしているので、六波羅蜜寺に先祖の霊を迎えに行き、送り火で再び送る。お盆の行事に参加することは、亡き父との年に一度の再会でもあります。
美味しいお酒と料理を楽しめる小粋な店が多いところも京都の魅力です。派手な看板は出ていなくても、日頃の疲れを癒し、くつろぎの時間を楽しめる大人の隠れ家的なお店が、祇園界隈にはたくさんあるんです。お仕事などで京都を訪れた際は、夜の町を散策しながら隠れた名店を探すのも楽しみのひとつになると思いますよ。(談)
以下の項目については、実際の『Free&Easy』をご参照下さい。
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