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1998年10月「日米防衛協力議論の盲点」(PHP研究所刊『voice』1998年10月号)

日米防衛協力論議の盲点

集団的自衛権の憲法解釈を変更するべきときである。

日本の経済不況が長期化、深刻化するなかで、外交・安保政策はともすれば忘れられがちになる。先日行なわれた自民党総裁選挙においても、三候補とも外交・安保問題にはほとんど触れていない。

しかし経済と外交・安保は二者択一に馴染まない。どちらも重要ない国政上のテーマであり、双方は密接に関わりあっている。アジアの経済危機一つとっても、それは簡単に理解できる。

たとえばインドネシアでは、経済的苦境により、国民の怒りがスハルト大統領の同族支配に向けられた。結局、実権に就いて三十二年間も続いたスハルト政権もついに瓦解した。現時点では平静さを取り戻してはいる。しかし、混乱した期間が短かったのでよかったようなものの、もし内戦状況に陥り、それが長期化していれば近隣国に与える悪影響はさらに大きなものになっていただろう。

結果的には使用する状況にはならなかったが、日本も当初はインドネシア在住の邦人救出のため、自衛隊の輸送機をシンガポールに待機させた。海上航行路(シーレーン)確保の問題とも絡んで、深刻な安全保障上の問題になる可能性は十分あり、インドネシアが今後安定するかどうか、まだまだ目は離せない。

韓国も不況に苦しんでいる。現在 IMF (国際通貨基金)の融資を受ける条件として、経済構造の諸改革を行っているが、その結果、失業者が増大し、それを不満として労働者による大規模なストが頻繁に起きている。 

そんな折も折り、朝鮮民主主義人民共和国(以下 , 北朝鮮)の潜水艇が、本年六月二十二日韓国の東海岸・江原道束草東方沖の魚網に引っかかった。また同七月十二日、北朝鮮の工作員の死体が同じく江原道東海市付近の海岸に打ち上げられた。北朝鮮がある意図をもって諜報などの工作活動を活発に行っているのではないかと見られている。

北朝鮮の真意がどこにあるかは別として、韓国の不況とそれにともなう社会不安が、北朝鮮の挑戦的な気運を高めている可能性があることは想像に難くない。かりに北朝鮮が何らかの具体的な行動を韓国に対して行った場合、日本を取り巻く状況は一変する。

近隣での揉め事にドル買いが加速し、円は売られさらに下落する。株も当然売られる。危機に対する備えができていなければ、朝鮮半島の緊張によって日本の景気回復の芽は摘まれてしまうことになるだろう。カントリーリスクが高まることにより、株も通貨も下落し、日本は瞬時に大きな資産価値を失ってしまうだろう。

経済と外交・安全保障は有機的に関連しあっている。日本がいますぐに行うべきことは、日本自体の経済を立て直し、アジア諸国の景気回復を促す牽引車となって不安定要因をできるかぎり小さくすることであることは論を俟たない。と同時に、安全保障面での議論を怠らず、現在は不備だらけの危機管理体制を国民の合意を得ながら早急に確立することである。

そのためには、今国会では金融安定化・景気回復だけで手一杯だからと、継続審議案件になっている「日米防衛協力の指針見直し」に基づく法整備、条約改正を先送りしてはならない。与野党双方が責任をもって真剣な議論を行い、よりよいものにまとめあげていく努力を行うべきだ。

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日米安保の重要性
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日米防衛協力とは、当然ながら日米安保条約を前提としたものである。しかしいま、沖縄の基地問題に代表されるように、国民のあいだでほんとうに日米安保条約が必要なのかどうかを疑問視する思いが、そうとう蔓延しているような気がする。

たしかに日本はいままで、日米安保の恩恵を受けてきた。吉田茂元首相の採った軽武装・経済重視の政策は、防衛はアメリカに大きく依存し、その分、日本は経済の立て直し、発展に力を傾注することができた。

しかし、日米安保は今後も必要なのか。ほんとうに必要であれば、なぜ必要なのか。あらためて国民に説明する義務が政治にはある。その疑念をそのままにして、防衛協力は日米安保条約に基づいているから当然必要なんだと突き進んでみても、国民の心のなかにわだかまりが広がっていくだけである。とくに今回、両国間で合意された防衛協力は、基本的には周辺事態においてアメリカが行う活動を、日本が支援するという形になっているからなおさらである。

だからこそ防衛協力の話をする前に、ほんとうに今後も日米安保条約は必要なのかをいま一度、考えるべきである。そのきっかけとして、私は次のような問いかけをしてみたい。「いったい、日本が攻撃を受けるとしたらどのような形になるだろうか。そして、自衛隊だけでそれに対処できるだろうか」。

第二次世界大戦のころであれば、四方を海に囲まれた日本の特性を踏まえると、艦船の大群が艦砲射撃を行ったうえで上陸作戦が実施されたり、戦闘機による空爆が繰り返し行われたりといったものであろう。

しかし、軍事技術の進展は戦いを一変させた。湾岸戦争を思い返してみても、まるでテレビゲームを見ているようだった。現代における戦争では、命中精度のきわめて高いミサイルなどのハイテク兵器が主流になった。

私は以前、北朝鮮においてノドンなどのミサイル開発が進展し、日本も射程に入っているという報道が頻繁にされていたころ、国会で次のような質問をしたことがある。

「かりに、北朝鮮が日本に対してミサイルを撃ち込んだとき、日本は報復攻撃を憲法上、行えるのか」 

それに対しての答弁は、「可能である」だった。その論拠として、昭和三十一年に鳩山内閣が示した政府の統一見解がある。

「わが国に対して、急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等にうよる攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだというふうには、どうしても考えられないと思うのです。 

そういう場合には、そのような攻撃を防ぐのに万やむをえない必要最小限度の措置をとること、たとえば、誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められるかぎり、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるというべきものと思います。」 

私はさらに質問した。

「では憲法上も許される報復攻撃を、たとえば北朝鮮に行える能力が自衛隊にはあるのか」

答えは「ない」だった。日本は専守防衛を基本としているため、敵からの攻撃を迎え撃つ体制はある程度備えてはいるものの、他国に攻め込み、打撃を与える能力はもっていない。

「そうであれば、誰が報復攻撃を行うのか。結果的には座して自滅をまつべしということになってしまうのか」。それに対しては「日米安保条約に基づいて、アメリカにその役割を期待する」という答えが返ってきた。安保条約第五条には、日本の施政下にある領域で、日米いずれか一方に対して武力攻撃があった場合、共通の危機に対処するよう行動すると明記されている。つまり、アメリカは安保条約に従い、同盟国である日本に対する攻撃は自国に対してなされたものと見做し、集団的自衛権の発動を行ってくれるだろうというのが、現時点における日本国政府の見解なのである。

射程距離の長いミサイルが各国で開発されている。日本の近隣では少なくとも中国、北朝鮮、ロシアがミサイルを保有し、日本はその射程圏内に入っているといわれている。また、いまや戦闘機や潜水艦にも長射程で精度の高いミサイルが搭載されうる。そしてミサイルの弾頭に核・化学・生物などの大量破壊をもたらす物質が装着されれば、脅威ははるかに大きなものになる。

このように、ミサイル攻撃をはじめ、いろいろな形態で日本が攻撃を受けたとき、自衛隊の能力で及ばないことを行ってくれると期待されているのがアメリカの軍事力である。また、日米安保条約を結んでいることにより、他国にとってはアメリカの影が日本に対する挑戦の大きな抑止力になっている。このことだけでも、日米安保条約の必要性は十分理解されるのではないか。

また、シーレーン防衛も安保条約の必要性をクローズアップさせる。四方を海に囲まれ、天然資源に乏しく、食糧自給率も低い日本において、シーレーンの確保は死活的に重要な課題である。現在、わが国周辺1000海里程度の海域において、海上交通保護を行うことができるよう海上防衛力は整備が進められている。つまり、裏返せば1000海里を超える地域、たとえば日本が石油の多くを依存している中東の湾岸地域などでのタンカーの航行路は、おもにアメリカによって確保されているのである。

このように、日米安保条約はいまなお、非常に重要である。かりに安保条約を破棄して、すべて自前で行おうと思えば莫大な財政負担が必要になるし、また、核武装の問題を含めて近隣諸国との摩擦はきわめて深刻なものになるだろう。

しかし、いまのままの日米安保でよいとはけっして思わない。むしろ、日米安保の内容を大きく見直していかなければ、日米安保そのものが存続しえないのではないかと私は危惧する。以下、その理由を検証したい。

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確たる仮想敵国はなくなった
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私は、日米安保条約は片務的な条約であると考えている。日本が第三国から攻撃を受ければ、条約に従い、アメリカは加担してくれるだろうが、逆にアメリカがどこかの国から攻撃を受けても、日本はアメリカの加勢をする必要はないからである。

反論もあるだろう。アメリカはこの条約によって、アジア・太平洋地域の要衝である日本にいくつか基地をもつことができた。しかも日米地位協定に基づく特別協定によって駐在経費の約七割を日本国政府が負担しているのだから、アメリカにとってもプラスである。

お互い得るものは違うが、それぞれにメリットがあり、したがってこの条約は双務的である、と。

余談になるが、一昨年の二月、沖縄の基地問題を議論し、そしてできれば解決したいという思いを胸に、何人かの国会議員とともにワシントン D.C. を訪れた。国防総省(ペンタゴン)では当時のペリー国防長官など、いろいろな立場の人々と意見交換を行った。興味深かったのは SACO (沖縄基地問題に関する日米特別行動委員会)のメンバーであり、実務の責任者であるキャンベル国防副次官補と意見交換をしたときのことだ。ちなみに氏はまだ三十代の後半。ペリー長官の知恵袋として実質的に日米交渉を任されているベスト・アンド・ブライテストの一人である。

ある代議士が「日本とアメリカはイコール・パートナーシップの関係にある」と述べたところ、即座にキャンベル氏は否定した。「いや違う。アメリカが攻撃されたとき、日本はアメリカを支援する義務は負わない。だからイコールではない」とはっきり言い切ったのである。その場は急に気まずい雰囲気になった。氏はそれを察して「日本とアメリカはアルティメイト(究極的な)・パートナーだ」と言い直したが、私にはたいへんショックだった。

キャンベル氏にしても「日本は、いざというときにはアメリカの支援をすべきだ」とはけっして考えていないだろう。氏のメンタリティとして、お互いが同じ義務を負わないときには「イコール・パートナー」とは呼ばないという確固とした信念があったにちがいない。

私は日米安保条約そのものの意義付けが、冷戦時代といまとではまったく変ってしまったと考えている。

冷戦時代、膨張主義を採りつづける共産主義国家・ソ連が存在し、アメリカとしても極東に位置する日本をソ連の侵略から守り、共産化させないためにも同盟関係を結び、ソ連に睨みを利かせることは大きな意味があった。安全保障に関してはアメリカに大きく依存することになったが、当時、日本はまだ戦後の復興期であったので、経済再建・発展を国の基本に据えて邁進することができ、アメリカも基本的にはそれを認めてきたのである。

一九八〇年代後半、冷戦に終止符が打たれ、ソ連・東欧諸国などの共産主義国家が崩壊して日米安保条約が想定していた仮想敵国がなくなってしまった。しかし、アジアには朝鮮半島や中台問題など冷戦の残滓があり、局地的に紛争の起こる可能性もある。もっと正直に言うと、改革・開放政策を採る中国と民主化を進めるロシアも、いまやよきパートナーではあるが、今後どのような関係になるかは予断を許さない面もある。

つまり、冷戦時代のように確固として仮想敵国はないが、将来、アジア・太平洋地域がどのように展開するのか不透明な状況であり、日米安保を、いわばこの地域安定化のための公共財として存続させる意義がある。平成八年四月、日米両首脳によって日米安保の再定義が行われたが、私はこのような文脈で行われたもの理解している。

しかし、安保条約を取り巻く状況が変わったのであれば、自ずと安保条約の内容も変更されなければならない。私は少なくとも二点、見直さなければならない点があると思っている。一つは沖縄の基地の問題であり、もう一つは双務性の問題である。以下、それぞれについて述べてみたい。

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海上ヘリポートに反対する理由
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沖縄の理解なくして日米安保は存続しえない。日本国土の面積の約〇・六%しかない沖縄県に、じつに約七五%の米軍の施設・区域が集中している。しかし、これは沖縄に対する過重な負担以外の何ものでもない。まして沖縄は、太平洋戦争のとき、日本で唯一地上戦が行われた激戦地である。現在、使われている米軍基地の多くは「銃剣とブルドーザー」によって占領された土地だ。その意味において、沖縄の戦後はまだ終わっていない。

平成八年四月、橋本総理(当事)は米海兵隊の基地である普天間飛行場の返還を電撃的に発表した。私もつねに普天間の返還を主張していただけに「お見事」という気持ちでニュースを聞いた。しかし問題は、県内移転が前提だということだった。いかに海上に敷設するヘリポートで、また使命が終われば撤去できるとはいえ、沖縄の負担そのものが減るわけでもなかったし、ましてや沖縄県民の多くが望んでいる米海兵隊の撤退に繋がるものではなかったため、結局、普天間の移転問題は暗礁に乗り上げたままである。このままだと返還は決ったものの、移転先が決らず長年放置されている那覇軍港の二の舞になってしまう。

私は海上ヘリポートに当初から反対だった。その理由は二つある。一つは沖縄県民が最も望んでいる海兵隊の撤退に繋がらないこと。もう一つは巨額の費用がかかるということだ。(付帯施設も含め、敷設と撤去で最高約一兆円かかるといわれている)

私は、ただやみくもに海兵隊の撤退をいっているのではない。その分、日本が日米安保条約において新たな役割を果し、全体の戦力としてはそれほど変っていないというメッセージが重要だ。

では、新たな役割とは何か。今回の防衛協力の指針見直しがまさにそうだといえるかもしれない。しかし厳密にいうとそうではない。昭和五十三年に作成された防衛協力の指針には、検討項目として紛争の未然防止、日本有事の際の対処、極東有事の際の対処の三項目が掲げられたが、約二十年たった現時点でも、具体的な法整備にまではまったく至っていない。つまり、いままで決めるべきことを決めていなかっただけである。

私が考える新たな役割とは、基本的には自分の国は自分で守るという態勢を整えるということと、日米安保の役割がアジア・太平洋地域安定のための公共財であるならば、日本もそのオペレーションをある程度、踏み込んで行うということである。

そもそも、日米安保体制は日本を過保護にし、多くの日本人は「自分の国は自分で守る」という当り前の自覚を失ってしまった。安全と空気は「タダ」であるかのような錯覚に陥っている人があまりにも多すぎる。防衛問題を真剣に語ろうとする人たちに対しては、偏見に満ちたレッテルが貼られ、議論そのものをタブー視する傾向がいまだに根強い。

経済問題ではアメリカと対等に議論しあい、「NOといえる日本」などと勇ましい言葉を使いながらも、一度、有事になればアメリカに「このような有事に自力で対処できる能力はありません。同盟国として日本を支援してください」と堂々と主張できるとすれば、それは普通の神経の持ち主ではない。

また、よくある議論だが、有事の際、日本が法的、能力的にできないことをアメリカにやってもらっているときに、アメリカに死傷者が出るような事態になればどうなるか。アメリカ国内では一気に厭戦ムードと反日感情が生れてくるにちがいない。そうなれば、日米安保自体が破綻する可能性がきわめて高くなる。

私は、時代の変化に即して安保の内容を変えること、つまり沖縄の負担を軽減し、車の両輪として日本が新たな役割を果すことが結局、日米安保そのものを強固にし、安定化させていく方途だと強く信じている。

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集団的自衛権の曖昧な判断基準
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「日本が新たな役割を果すこと」についての具体的なポイントは、集団的自衛権の憲法解釈を変更することであると考える。私には憲法の前文や第九条を読んでも、個別的自衛権がよくて集団的自衛権はだめだとはとうてい理解できない。素直に読めば、自衛隊も違憲だし、個別的自衛権も認めていないということになるのではないだろうか。

政府の集団的自衛権に関するこれまでの見解は、「集団的自衛権は国際法上、主権国家である以上当然有しているが、その行使は憲法九条に照らし合わせれば許されない」というものである。

私自身、アメリカが攻撃された場合、日本も助っ人に行くべきだというつもりは毛頭ない。ただ、どういう状況になれば集団的自衛権の行使と認定されるかというこれまでの政府の見解は、「武力行使との一体化」という一点であり、これがきわめて曖昧な基順でしかない。

つまり、アメリカが日本の周辺地域で第三国と交戦しているとき、日本は今回のガイドライン法制の整備によって支援はできるようになるが、戦闘地域での支援はしてはいけない、戦闘地域と一線を画したところで支援を行いなさいということになる。しかし、「一線を画す」とはどのくらい距離を指すのかが定かになっていない。

今回の日米防衛協力の議論において、代表的な否定的意見にいわゆる「巻き込まれ論」がある。これは日米間で協力関係を結ぶことにより、日本はアメリカが実際に関わっている戦闘に巻き込まれるのではないかという危惧からきている。

つまり、日本が行いうる後方地域支援の多く、たとえば給水・給油・食事の提供などの補給支援や、医療、衛生器具の提供などの医療支援は、日本の領域内でのみ行われるのでその心配はないが、輸送支援や捜索・救助活動、あるいは国連決議を前提とする不審な船舶に対する検査活動は公海上でも行われる。したがって、ある時点では戦闘地域と一線を画する場所であったとしても、時々刻々と戦闘状況が変化し、いつしか日本も戦闘に巻き込まれている可能性は十分ある。

周辺事態安全確保法案の第五条第四項、第五項には、このケースを考慮して、たとえば輸送や捜索・救助活動などの後方地域支援を行っているときに戦闘行為に巻き込まれる恐れのある場合は、実施の中断や一時休止が定められている。

しかし、実際には支援活動を行っていて、その途中で「日本の憲法解釈から集団的自衛権の行使に当たりそうなので支援を中断します」、あるいは「一時休止します」ということが、アメリカに対してほんとうにいえるのだろうか。であれば、初めから日本の支援は受けず、アメリカだけで完結できる行動を考えるのではないか。もし、途中で日本が支援活動を中断したことにより米兵が死傷するような事態になれば、日米安保条約そのものが根本から揺るぎかねない。

私は、集団的自衛権の判断基準を「武力行使との一体化」に求めている政府の解釈は変更すべきであると考える。周辺事態においても、日本に危機が及びろうな場合であれば、個別的自衛権の接続的な概念を捉え、かりに武力行使と一体化する場合においても輸送支援、捜索・救助活動や船舶検査は行えるようにすべきである。

ただその場合、現在国会に出されている法案のように、基本計画をたんに閣議決定で済ませるのではなく、当然防衛出動と同様に、国会の事前承認を必要事項としなければならない。また周辺事態の認定も、いまのように曖昧に済ますのではなく、「極東、およびその隣接する地域」と明確にすべきである。

そうすると、中国や他国が必ず噛みついてくるだろう。しかし、中国にしてもミサイルの照準を日本にも向けていることは確実だ。「われわれは自ら他国を攻めることは絶対ありえないし、危機管理のために態勢を整えているだけだ」ということをしっかりと伝えさえすればいい。

また、日米間の事前協議の仕組みは各階層でしっかりと構築しておかねばならない。支援ができることと行うことはまったく別の話だ。日本の国益に合わなければアメリカにお付き合いする必要はない。とにかく「自動参戦装置」と揶揄されないような事前協議の充実が求められる。

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自分の国は自分で守るという自負
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先ほども触れたが、平成八年二月、沖縄の基地問題に関する訪米団の一員として、最高気温が氷点下のワシントン D.C. を訪れ、その後、気温差が二十度以上あるハワイに飛んだ。ハワイではカエタノ州知事や太平洋総司令部のプルアー総司令官らと意見交換を行った。会談の合間を利用して、真珠湾(パール・ハーバー)にあるアリゾナ・メモリアルを訪問し、献花をさせていただいた。

一九四一年十二年七日早朝、日本軍は真珠湾を奇襲攻撃して戦艦など船舶十二隻を撃沈、戦闘機など航空機百六十四機を大破させた。太平洋戦争の始まりである。湾内に停泊していた戦艦アリゾナも計五発被弾して炎上、約九分後に沈没した。約千五百名の乗組員のうち助かったのはわずか二百三十九名で、千百七十七名は艦とともに沈んだ。のちに七十五名の遺体が回収されただけで、残る千百二名の遺体はいまだアリゾナとともに海中に取り残されている。

アリゾナ・メモリアルは、全遺族の同意を得て艦隊と遺体を引き上げず、記念館として艦上に建てられたものであり、国立基地の一つに指定されている。記念館の内側には戦死した兵士全員の名前が刻み込まれている。

驚いたのは、沈没後五十四年が経過しても、黒く小さな油の固まりが数分とのに海底から浮かび上ってくることだ。長い歳月のあいだに、海水に晒されたオイルタンクが錆びて穴が開き、なかに残っていた油が小さな固まりとなって、まるで泡のように、水中から水面に浮び上がってくるのだろう。

プルアー総司令官は「これは兵士たちの涙だ」と呟いた。

戦死者に黙祷を捧げる。以前にも同じような気持ちを味わったことがある。それは硫黄島や沖縄の戦没者慰霊塔で献花をさせていただき、瞼を閉じたときである。激戦地となり、多くの日本人が亡くなった硫黄島や沖縄では、いまなお遺骨収集作業が行われている。多くの魂が眠る地に立ち、つくづく戦争の悲惨さ、愚かさを感じる。平和の尊さをあらためて心に刻み込まねばならない。

私は非武装中立など、空想的、理想的は平和主義の立場はとらない。人間が複数集まれば必ず争いごとは起きる。どの時代においても、争いと暴力がなくなったことはなかった。

ウォルター・リップマンという学者は「われわれは予見できうる将来ずっと、戦争と平和の中間、すなわち戦っても勝ち負けのない戦争と、達しえられぬ平和との中間に生きていくことになるだろう」といった。まさしくそのとおりだと思う。

いかに人間の本質を理解したうえで、平和を恒常的に管理していくか。大事な点は、各々の主権国家が当然の権利として有する自衛権とそれに基づく適度な防衛力の整備を認めつつも、地球そのものを死に至らしめる核などの大量破壊兵器を世界的に管理し、廃絶に持ち込めるかにある。

いま、われわれに何よりも必要なのは自衛の自覚であり、自分の国は自分で守るという自負である。いかに立派な装備をもとうが、いかに有事の法整備をすすめようが、この自負がなければ意味はない。またそういう自負をもつ国民こそ、ほんとうに平和を希求する国民になれるのだ。