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◆ 日経新聞・夕刊文化面『こころの玉手箱4』(2007年4月26日) ◆

〜 マツダの真っ赤なコスモクーペ

男ならマニュアル。そんな「哲学」を持っていた。だから、初めて買った車はもちろん、マニュアルトランスミッション。真っ赤なマツダのコスモクーペだ。 2 ドアのスポーツタイプ。私の大学時代は「クルマ」なしでは語れない。

一浪して京大法学部に合格したときはオートバイに乗りたかった。ところが母が「それだけは絶対に許さない」。事故を起こすと思ったのだろう。おやじが亡くなってから働きに出た母は、私を自由放任で育ててくれた。そんな母の強い反対にたじろぎ、「自動車なら教習所の費用を出す」の一言で白旗を揚げた。

大学一年の 5 月に免許を取ってまもなく、中古のコスモをローンで手に入れた。 60 万円くらいだったと思う。それからというもの、硬式から転向した軟式野球部の練習、アルバイト、うまいラーメン屋巡り・・・愛車コスモの大活躍が始まった。

最初は下手だった運転はすぐに得意になった。一人で乗っているときは、信号で横に並んだ車を振り切るように加速したり、カーブで「キーッ」とタイヤに悲鳴をあげさせたり。今思えば運転も若かった。

奨学金は全額、母に渡し、車の購入費や維持費はもちろん、生活にかかわるほとんどの費用はアルバイトでまかなった。塾講師、家庭教師、バスの添乗員、魚の卸売市場、深夜の喫茶店でのウエーター。まさにアルバイトざんまい。そして野球と少しの授業、という毎日だった。

「哲学」はあっさり捨てた。彼女ができたので。買い替えたのはオートマチック車のトヨタ・セリカXXだ。デートといっても、六甲山や須磨、琵琶湖などにドライブするかわいいものだったが、カーステレオを操作したり、手を握ったりするのにマニュアル車では忙しすぎる。我ながら軟派と思うが、仕方ない。

母子家庭だから遠慮するとか、お金がないから我慢するとか、そんな発想は一切しなかった。車にせよ旅行にせよ、やりたいことがあればバイトして稼ぐ。それだけのことだ。真っ赤なコスモは自分に芽生えた「自立精神」の象徴だったのかもしれない。