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◆ 日経新聞・夕刊文化面『こころの玉手箱2』(2007年4月24日) ◆

〜SLプレートの拓本

鉄道ファンのことを「鉄ちゃん」という。もう理屈抜き。SLが大好きだ。目当ての機関車を追いかけて写真を撮る。議員会館や東京・高輪の宿舎、京都の自宅・・・パネルに囲まれているとうれしくなる。

お気に入りの一つがC 62 (シロクニ)の 3 号機の写真だ。C 62 はずんぐりむっくりしているが、高速旅客仕様で、狭軌の世界最速記録を持つ。十年以上前、北海道・函館本線での復活運行をカメラに収めた。

倶知安峠を登る途中のS字カーブ。踏切で待つ。汽笛が鳴り、シュッシュッというドラフト音が聞こえてくる。生き物のようだ。坂道であえいでいる。鳥肌が立つ。夢中でシャッターを切った。この踏切には三回足を運んだが、一回は新婚旅行。「目的はSLだったのね」と家内には不評だった。

興味を持ち始めたのは小学校 2 年のころ。京都の梅小路機関区に見に行ってとりこになった。当時大好きだったのがC 55 の 57 号機。お年玉をためて九州に会いに行く計画をたてた。小 5 の春休みだ。

夜行列車を単身、乗り継ぐ計画に両親は大反対だったが、最後は親父が「一緒に言ってやる」。勤務先の家庭裁判所を休んでくれた。四泊五日の三泊が車中の強行軍だ。若松、志布志、宮崎・・・。機関区を巡り写真を撮りまくった。

C 55 の 57 に出会えたのは旅行も終盤の吉松機関区。うれしかった。おやじと機関車によじ登り、プレートの拓本をとる。障子紙を押さえ、懸命にコンテをこすりつけた。数え切れないほどある拓本のうち、文句なしにこれが一番だ。

中二の時、おやじが死んだ。自殺だった。「自ら命を絶つなんて、無責任じゃないか」。そんな思いがなかったといえば、うそになる。「父の死」を静かな気持ちで受け入れるまで、どれくらいかかったろう。

SLにひかれるのは、消えゆく物への郷愁だろうか。しかし目をつぶれば雄姿が浮かぶ。記憶となって生きている。おやじと行ったSL撮影旅行。宮崎の夜。疲れて寝入る大きな背中に心の中で「ありがとう」とつぶやいた。その気持ちが色あせることはない。