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◆ 日経新聞・夕刊文化面『こころの玉手箱1』(2007年4月23日) ◆

〜坂本竜馬

辞めた時より、その後がつらかった。脚光を浴びていた若き党首から一人の国会議員へ。その落差。悔しさと自責の念。『政治家の失敗は時に国を滅ぼす』と戒めてきたからなおさら、自分が許せなかった。ちょうど一年前。偽メール問題は、表向き一段落した後も、私を苦しめていた。

傍らに司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」があった。全8巻の文庫本。民主党代表を辞任する少し前から読み始めていた。幕末から維新を駆け抜けた志士、坂本竜馬。「自分の原点を確かめたい」。そんな思いでページを繰った。

初めて読んだのは大学2年生の時だ。みるみる引き込まれ、寝るのも忘れて一気に読み切った。竜馬三十三歳のとき、刺客の刃に倒れた最期の場面では、泣いた。今までに4回は読み返しただろうか。生き様に共鳴し、次第に自分を重ねるようにもなった。竜馬は失礼千万、と思うかもしれないが。

竜馬は言う。

「世の変革に働く者は、天の命を受け、天からさしくだされた男だ」

そうだ。政治家はいい意味で特別だ。天から使命をもらっている。そう思ってこそいい仕事ができる。

こうも言う。

「おれは日本を生まれ変わらせたかっただけで、生まれ変わった日本で栄達するつもりはない」

この美学。司馬氏は「龍馬」を「竜馬」と書く。私が「竜馬がゆく」にひかれるのは、物語の躍動感だけではない。事を成すための教訓がちりばめてあるからだ。気に入った文句があるページの隅は、後で見つけやすいように小さく折り返してある。

変革を迫られた幕末と今の日本は相似形だ。「業なかばでたおれてもよい。そのときは目標の方角にむかい、その姿勢で斃れよ」。竜馬の言葉に政治家としての自分が鼓舞される。

志士らが活躍した京都で生まれ育ったのも何かの因縁か。毎年、霊山護国神社に竜馬の墓を訪ねている。命日の11月15日は参拝者が多いので、わざと少しずらす。昨年は11月3日。党代表を退いて半年余りの晴れた日だった。

「天命を信じよう。また頑張ろう」。東山の中腹にある墓前で手を合わすと、ずいぶん、吹っ切れた自分に気づく。青い空。振り返ると、京都の街が広がっていた。