156回−衆−安全保障委員会−3号
2003/03/27 (2P/4P)
■石破国務大臣
ごめんなさい、その前に。
先ほど、陸海空の比率は変わらないということを申しました。ただ、大きな装備品を入れますときには、もちろん比率は変わっております。全く変わっていないということではございません。委員御案内のとおりでございますが、定性的なことをお話しいたしました。
今お尋ねの、敵地、仮に敵地という言葉を使うとすればですが、の攻撃能力というものを持たなくていいのかということでございます。
これは、今の政府の立場としては、そういう打撃力というものについては米国にゆだねるという形になっております。日米防衛協力のあり方におきましても、必要な打撃力の行使を考慮する、こういう書き方になっておるわけですね。それは、米国にゆだねるということであり、今まで、例えて言いますとC1輸送機を導入しますときに、北海道から沖縄まで飛べる能力を持ってはいかぬ、こういう話がありました。なぜならば、その円を少しずらすと大陸まで行ってしまうから、北海道から沖縄まで飛べるような飛行機は持ってはいけないという議論がありました。空中給油輸送機を入れますときも、そのようなものを持つと外国まで飛んでいける能力を持ってしまうからいけないんだ、こういうお話がありました。
要は、持たないことがよいのだ、こういう価値観に基づいて今までの防衛力というのは構成をされてきたのだろうと思っています。
持たないことがなぜよいのかというお話、今後はそういう議論があるいは政治の場において必要になるのかもしれない。私は、その議論の末に新しい議論、今までの議論は今までの議論なんです、今まではそういう政治の場での合意、そしてそれが国の方針であったと思います。
では、これから先、本当にそれでいいのだろうかという議論、それは日本国の専守防衛というものを侵すものでもないし、もちろん、日本の国が侵略国家になる、そのようなことではありません。日本国の独立と平和、国民の生命財産を守るときに何が一番いいのだろうかという責任ある議論は、私は必要なんだろうというふうに思っております。現在はそれをアメリカにゆだねるということになっておりますし、私がそれをどうこう申し上げる立場に今ございません。ただ、それがかつてと違って、本当に弾道ミサイルというもの、マッハ二十とかいうものが数分で飛んでくるというようなときに、本当にどうなんだろう。
先ほど屹立というお話を委員なさいましたが、あの答弁というのは、たしか昭和三十三年か何かの答弁なんですね。そのときに、私がよく覚えておりますのは、今はしかし、そのような兵器がないので現実的な議論ではないから、これは理論としては成り立つけれどもみたいな、そういうようなお話でした。それから自来四十数年経過をして、本当にそんなものはできてしまった、そのときにどうなんだろうということだと思います。
今の政府の立場を申し上げれば、それは、合衆国に全面的に信頼をしている、ゆだねるに足る信頼が日米間にはある、したがって、私どもとしてはそういうものを今までも持ってこなかったし、現時点としてそれは合衆国にゆだねておるというのが、今の政府の立場でございます。
■前原委員 今までのことはよくわかっているんです。打撃力は米国にゆだねるということは、おっしゃるとおり。私は、今後の話をしている。今後の話をしている中で、この議論はオール・オア・ナッシングじゃないんです。
つまりは、アメリカがやってくれていることを全部日本でやるなんということはできないわけです。後で話しますけれども、情報収集能力とか、情報収集能力も衛星だけじゃないし、いろいろな部分でアメリカは超が幾つもつくぐらいのスーパーパワーなわけです。だから、アメリカとの関係をオール・オア・ナッシングとか、あるいは打撃力を持つことがアメリカを信頼していないとかじゃなくて、これは長官が一番よく御存じであろうと思いますけれども、打撃力を持つということになれば、アメリカの協力を得ずしてできないわけですよ、そういうものを持つということは。
そういうことも含めて、アメリカとの信頼関係を壊すものじゃない、オール・オア・ナッシングの議論をしているんじゃない、同盟関係を見直す中で、しかし少なくとも自国である程度のそういう能力を持つことは今後検討すべきじゃないかということを申し上げているわけです。それは、今後の、どういう意思を持っておられるか、検討するに値することかどうかということの御答弁をいただきたいわけです。
■石破国務大臣 私は検討するに値することだと思っています、正直申し上げて。
それは、まさしく委員御指摘のように、オール・オア・ナッシングではありません。日本が全部やるというようなことはできるはずもないし、そして、仮にそんな能力を持ったとしても、合衆国の協力なくして、どこにそんな目標があるんだかもわかりっこないわけですね。私は、オール・オア・ナッシングというのはいいことをおっしゃるなと思ったのですが、それが日米間の信頼を損ねるものにはならないと思っています。ただ、それがどれぐらいのバランスになるんだろうかという議論は、また別なんだろうと思っているのですね。
では、日本がそれをやるのであれば、もっと、もっと、もっとということになるのかもしれない。あるいは、その反対に、そういうことになれば、瓶のふた論ではありませんが、どこまでいくのかわからぬねということもあるでしょう。
同時に、アジアの中で、かつての大戦の経験も踏まえて申し上げれば、私は日本は侵略国家にならないと思っていますし、私たちは、日本の国会議員で、国民で、よほどの変わった人でない限り、日本は侵略国家になってもう一回アジアに出ようなんてことを思っている人はいないと思うんですね。しかし、じゃ外国がどう見ているのかというと、それはまた全く違う見方が、指導者層は別にして、やはり国民の中にはあるのだろうと思っておりまして、そういう諸外国の理解というものも必要なのだろう。
そういうことも含めて、私は、いろいろな方面から検討してみることは必要だ。少なくとも、思考停止に陥るということがあるとするならば、それは国と平和と独立に責任を持つことにはならない。一切それについて思考しないということは、あるべき姿だとは私は思いません。
■前原委員 瓶のふた論という話をされましたけれども、私は、残念ながら、そういう議論はかなり色あせてきているんだろうと思うんです。これは、日本の経済がかなり長期不況の中で、脅威の対象に値しないと見られている部分もあるわけですね。
そういう中で、私は、年に一、二回アメリカに行って、いろいろな方と議論をさせていただきますけれども、残念ながら、そういう意味で、文脈の中で薄れてきている部分もあるんだろうと思いますし、今検討に値するとおっしゃったわけでありますが、日米で戦略対話というのは、まさにそういうものが戦略対話なんだろう。お互いの信頼関係に基づいて、どういう役割分担をしていくのか、どういう危機認識をこの地域で持つのかということの中で、不断の役割分担の見直し、そして、お互いの関係の確認というものをやるのが、まさに私は戦略対話なんだろうと思います。
先ほど、陸海空の配分の問題、統合機能の充実、そして北方重視から新たな脅威への対応、また、その打撃力を持つことの検討を含めて、これは私は、今の防衛大綱の延長線上ではそういう検討はできないと思うんですね。防衛大綱の見直しも含めて、やはり私は、今、防衛力のあり方検討というのはやられていると思いますけれども、それをもちろん延長線上に見据えてやっておられるのだと思いますが、そのことについて御答弁ください。
■石破国務大臣 現大綱は、冷戦の終結を受けて、村山内閣のときにつくられたものだというふうに認識をしております。したがって、冷戦後の世界がどうなっていくか、ミサイルの脅威というものもあるだろう、あるいは非対称的な脅威もあるだろう、そういうものの文言というものはきちんと盛り込まれた大綱だと思っております。
同時に、合理化・効率化・コンパクト化というキーワードがあって、それ自体は決して悪いことではないけれども、そのようなキーワードが一つある。もう一つは、冷戦後の世界というものを見据えてつくられたものだ。しかしそうではあるけれども、その後、私は、冷戦というのがあって、冷戦後というものがあって、ポスト・セプテンバーイレブンという世界がもう一つあるんだろうと思っているんですね。冷戦後、冷戦後ということをまくらみたいに言うのは私は間違いだと思っていて、冷戦後という時代があって、もう一つ、ポスト・セプテンバーイレブンというのがあるんだろう。
では、ポスト・セプテンバーイレブンというものに対応できているかといえば、それは、十分対応できている大綱なのかどうなのかということの議論は、私は必要なことなんだろうと思っています。
金科玉条のごとく、大綱があるんだからこうなんだ、こうなんだというのは、それは論理の逆転というものであって、今の時代に合わないとするならば国民に対して責任を十分に果たすに足るものではない、むしろ、もっと十分に果たすべくそれを発展的にしていくんだというニーズがあるとするならば、私は大綱の見直しというものはあるのだろうと思っています。
もちろん、それは、防衛庁だけで決めるお話では当然ございません。これは政府全体として、いろいろな議論の上に、そしてコンセンサスを得て決めなければいけないと思っております。ですから、これは防衛庁だけが独断で、あるいは自分たちだけの判断で決めるというようなつもりは全くございません。ただ、国民の皆様方が本当に不安に思っておられること、脅威に感じておられること、実際に世界が移り変わっておること、それに適切に対応する防衛力の大綱というものが常に求められることは、私は言うまでもないことだと思っております。
■前原委員 現大綱の見直しに私は若干かかわらせていただきましたけれども、あれは二十年近くも変わらなかったですね、前の大綱は。私は、これは逆に全くおかしいと思うんです。
今おっしゃったように、ポスト冷戦ではなく、私も、一昨年の九月十一日のテロ以降、これはまたじっくり議論しなきゃいけないことだと思いますけれども、相当世界観も変わったし、アメリカの外交・安全保障戦略も大きく転換をしたんだろうと思うし、それによっての摩擦というのが今後拡大をしていくのではないか、私はその結節点ではないかと思っております。
そういう意味で、防衛大綱というのは、まさに防衛庁長官が言われたように金科玉条ではない、これは世界の変動に応じて機敏に見直していくべきものだろうと思いますので、その点については、今おっしゃったように努力をしていただきたいと思います。
次に、ミサイル防衛について質問をさせていただきたいと思います。
アメリカからはもう、一千キロあるいは一千三百キロぐらいの射程のものについての実用化の話がなされていると思いますけれども、これはもう具体的に防衛庁として、どの時期に、あるいはどのものを、つまりは、PAC3型の陸上発射なのか、あるいはイージス艦を改装してそして海上発射型のものを導入する意図があるのか。時期とそして形態について、今防衛庁長官はどうお考えなのか、御答弁ください。
|