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前原誠司の「直球勝負」(50)
前原誠司の「直球勝負」(50)
サヨナラ「銀河」、ありがとう「銀河」
平成20年3月15日JRダイヤ改正。3月14日の夜、東京と大阪で多くのファンに見送られて出発した寝台急行「銀河」は、59年続いた歴史のピリオドを打った。
この列車に対する私の思い入れは、非常に強い。小学生の頃から鉄道が好きになり、早朝の京都駅で何度もこの列車に遭遇した。牽引機はEF58。特に大窓、ひさし付が好きだった。客車は20系。最後尾に展望車がついている、ブルートレインの草分けだ。「いつかは乗ってみたい」と、ずっと思っていた。大学卒業後、松下政経塾に4年間お世話になった。茅ヶ崎と京都を何度も往復したが、結局、一度も「銀河」に乗ることはなかった。値段が高かったのだ。貧乏塾生にとって、新幹線より高額な寝台列車は「高嶺の花」「夢のまた夢」だった。当時はせいぜい、多客期に大垣行き夜行列車でグリーン車に乗るぐらいが精一杯の贅沢だった。
意外にも、国会議員になってから「銀河」に乗るチャンスが訪れた。しかも何度も。「銀河」を利用したのは、すべて京都から上京するときだった。京都にいるときは大抵、夜まで予定を入れる。最終までの新幹線に乗れればいいのだが、乗れないときもある。次の日の朝、東京での予定が9時以降のスタートだと始発の新幹線で間に合うが、それ以前の予定だと唯一の手段が夜行列車になる。京都駅を23時前に出発する寝台急行「銀河」か、昨年の3月に廃止された、零時前に出発する寝台特急「出雲」かの、いずれかを選ぶことになる。私は高輪宿舎だったので最寄り駅は品川だ。特急「出雲」は品川には止まらない。自然と、このようなケースでは「銀河」を選ぶことになった。
長い間あこがれていたブルートレインだったが、利用してみると、結構キツイ。もちろん、歳のせいもあるかもしれない。まず、眠れない。とにかく、よく揺れるのだ。特に駅を出発するとき、連結器に引っ張られて大きく「ガタン」と音をたてて起こされる。地震と間違って飛び起きたのは一度ではない。対策として、お酒を買い込むことにした。私は大してお酒は強いほうではないから、普段は缶ビール一本で大概、気持ちよくなる。しかし寝台列車には効果なし。「だるま」や「ニッカ」の小さなボトルを買って睡眠薬にしようとしたときもあったが、これもだめ。とにかく翌日が、眠いし、だるいし、キツイのだ。
しかし、いざなくなると、とても淋しい。仕事面でも困る。これから、京都での予定が遅くなり、朝早くに東京で会合などがある時には、どうすればいいのだろうか。大津を過ぎると、夜が更けて休んでいる人もいるということで、車内放送は翌朝、大船到着の直前まで中断される。車掌さんの配慮だ。エアコンも、いつも適温に調整されていた。暑すぎたり、寒くて困った記憶は一度もない。横浜を過ぎたあたりから、複々線ゆえに通勤電車とデットヒートを繰り広げた光景も懐かしい。一度だけ、経路変更で新鶴見の貨物線を通ったこともあった。その時は大幅に遅れて、結局、朝の会合には遅刻した。眠れなかったことも含めて、今となっては懐かしい思い出ばかりだ。利用したすべての人が、同じ思い出、郷愁を抱いていることだろう。
最後に利用したのが今年の1月27日。我が後援会の新年会を開いてもらった日の夜だ。サヨナラ「銀河」。そして、ありがとう。
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