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前原誠司の『直球勝負!』

前原誠司の「直球勝負」(34)

〜 高校球児、頑張れ! 〜

参議院選挙、真っ只中。微力ではあるが、全国で頑張っている同志の応援に伺う毎日である。そんな中、いくつかの偶然が重なって、後輩たちの試合を約1時間だけだが見ることができた。

私の出身高校は、京都教育大学附属高校。中学は同附属京都中学だが、中高ともに野球部は無かった。中学には以前あったのだが、練習中に死亡事故が起き、廃部になってしまった。私の4年先輩達が、どうしても高校で野球がやりたいと考え、高校に野球部が出来た。今年で創部34年になる。

ほとんどの部員が、高校から野球を始める。私もそうだった。硬球が怖い。初めてノックを受けた時、思わず逃げてしまったのを覚えている。だから、と言えば言い訳になるが、我が校は弱い。とっても、弱い。ちなみに私の3年間は、練習試合も含めて1回しか勝つことが出来なかった。我が校野球部は、21年前に夏の大会で初めて初戦を突破し、次の年も初戦を突破した。爾来20年間、夏の大会では勝っていない。1勝が遠い。

自分も年を取ったと思うが、私の同級生の息子さんが、最後の夏を迎えるという。今年のチームはなかなか強いらしい。勝つかもしれないという。相手の高校には申し訳ないが、くじ運も良かったらしい。同級生に誘われて、壮行会に参加させてもらった。思い起こせば、私の時は壮行会なんてなかった。もてない仲間ばかりだったので、同学年にはマネージャーは一人もいなかった。今は立派な壮行会が、保護者、先生、マネージャー、OBなどが参加して催されている。ベンチ入りの選手も、ベンチに入れなかった選手も、一人ひとりが抱負と思いを語る。たどたどしいが、熱い思いが伝わり、胸に沁みる。マネージャーが千羽鶴を部員に手渡す。本当に微笑ましい光景だった。

壮行会にしか出られないと思っていたが、雨で一日順延になったお蔭で、冒頭の1時間だけだが、西京極球場で後輩たちの勇士を目に刻むことができた。

私も何度かプレーした西京極球場。8時半から始まる第1試合。朝日に照らされた球場が眩しい。気持ちが高校時代にタイムスリップし、胸が締め付けられる。朝日に照らされた球場と、球児たちが眩しい。我が校のエースが1回表を無失点に抑えた。1回の裏、ヒットや四球、エラーなどが重なって、何とノーアウトのまま9点が入った。勿論、応援をしているのは我が母校だ。嬉しいのは嬉しいのだが、複雑な気持ちになる。相手の球児達の気持ちを、昔は自分がいやというほど味わってきた。相手の子供たちに、心の中で叫ぶ。「しっかり。落ち着け。頑張れ」。結局、1回裏だけで14点が入った。

後ろ髪を引かれながら西京極球場を後にし、伊丹空港に向かった。空港に着くと、同級生からメールが入った。「5回コールドで15対0で勝った」と。20年ぶりの初戦突破だ。「おめでとう。良かったね。息子さんに『よく頑張ったね』と声を掛けてあげて下さい」とメールを打ち返した。勝った後輩達より、負けた相手高校の球児達を思い遣った。実力を出し切れず、さぞ悔しいだろう。でも、3年間、よく頑張ったじゃないか。必ず、野球をやったことが、仲間とプレーしたことが大きな財産になる。

翌日、母校は9対0の7回コールドで、敗退した。残念だが、心から賞賛の拍手を送りたい。そして、すべての球児に、心の底から「頑張れ」、「緊張は大切だが、緊張感を闘争心に変えろ」と伝えたい。ありふれた能書きを垂れるつもりは全くない。だが、自分の納得したプレーの一つ一つが、必ず人生の糧になる。自信になる。頑張れ、すべての高校球児たち。