前原誠司の「直球勝負」(15)
日本の核武装論について
(1) はじめに
最近、自民党の政調会長、外務大臣といった政府・自民党の枢要な立場の人たちが、日本の核保有について議論すべきだとの「勇ましい」意見を開陳されている。一昔前なら、非核三原則という国是に対して挑戦を試みたということで、罷免・辞職などの厳しい対応がなされたかもしれない。私は「NPT(核拡散防止条約)体制や日米安保条約は堅持すべきであり、その前提で日本は核兵器を保有すべきではない。今、議論することも好ましくない」という考え方に立つ。しかし、少なからぬ人たちが、「なぜ日本は核を保有すべきではないのか。まして、なぜ議論することもダメなのか」との思いを抱いていると思う。そこで、議論すべき主なポイントをまとめてみたい(平成18年10月27日の外務委員会でも、日本の核保有の是非について麻生外務大臣と議論しました。その時の議事録もホームページにアップしておりますので、是非お目通し下さい)。
(2) 核を持つことは抑止力向上につながるか?
そもそも日本の核保有の議論は、北朝鮮が核保有宣言を行い、実際に核実験を行ったことにより提起され始めた。「近隣国が持つのであれば、自国も持つべきだ」との議論は核抑止論がベースになっている。つまり自国も持つことによって、他国の使用をけん制、抑止できる、あるいは使用するという脅しに屈せずに済むという論理だ。
米ソ冷戦時代には、アメリカとソ連という2超大国がお互いの国を何回でも破壊できるだけの核兵器と運搬手段を開発、そして配備し、「恐怖の均衡」と呼ばれる状況を作り出した。この状況は、お互いが、確実に壊滅的ダメージを与えることができるので「相互確証破壊」と呼ばれ、英語では“Mutual Assured Destruction”つまり、頭文字をとって“MAD”と言われた。まさに「気の狂った」論理だったと言えよう。加えて、お互いが第一撃の誘惑を回避するため、「脆弱性の窓」を用意しなければならないとの理屈で、1972年には両国間でABM(迎撃ミサイル制限)条約が取り決められた。つまり、相手からの大陸間弾道弾を打ち落とす迎撃ミサイルを持てば、より第一撃への誘惑が強くなるので、お互いが、迎撃ミサイルを持たない、あるいは制限しようという「変な合意」が交わされたのである。
では、日本と北朝鮮との間で「恐怖の均衡」は成り立つだろうか。北朝鮮は瀬戸際外交の道具として、すなわち、体制保証や経済支援を得るための「恫喝の」道具として核を利用している。一旦使ってしまえば国際社会の制裁や攻撃にあい、経済支援どころか体制も忽ちに崩壊してしまう。北朝鮮は、核保有を「外交カード」として他国と交渉しているのだ。仮に日本が核を保有したとしても、金正日の瀬戸際外交は何ら変わらないだろう。なぜなら、彼は核保有国であるアメリカや中国と瀬戸際外交を行っているのだ。北朝鮮のような国やテロ組織といった非対称的な脅威には、核抑止論は基本的にはあてはまらないと考えるべきである。
(3) NPT体制をどう考えるか
核の拡散を防止するために作られたNPT体制は、危機に直面し続けている。核を持ちながらNPTには入らないインドやパキスタンといった国があり、イスラエルは自国が核保有国であるかどうかを明らかにしていない。また、北朝鮮やイランのように、核開発・保有意志のある国は脱退をほのめかす。今後もNPTが機能するかどうか、予断を許さない。
北朝鮮のような国は、NPTが不公平である、あるいは二重基準(ダブルスタンダード)だと批判する。確かに、アメリカ・ロシア・中国・フランス・イギリスといった国々には核保有を認め、新たな核保有国を認めないというのは、聞きようによっては虫の良い話だ。しかし、第2次世界大戦によって国際社会の秩序が決まり、それをベースに戦後世界の安定を図るために作られたのが国際連合であり、NPTを含む様々な条約、システムなのである。
不公平や二重基準を解消したいのであれば、戦後秩序をもう一度変えるような「力」(例えば戦争)が必要となる。つまり「国連の安全保障理事会では米・露・中・仏・英だけが常任理事国の立場を与えられ、拒否権を持つのは不公平でけしからん」と言うのと同じ論理なのである。
不公平で、二重基準でもあるNPTではあるが、核保有国が増えることは国際社会にとって決して良いことではない。核の拡散を止めることが至上命題だと、私は思う。抑止論の効かない「ならず者国家」や「テロ組織」に核が渡ると、いとも簡単に使われる可能性がある。核の拡散を許せば、いたる所で核を使ったテロ行為が行なわれる可能性が生まれるのだ。
また、日本が核を保有すればNPTから脱退しなければならない。国際社会からの様々な制裁を受けるだろう。同時に、日本自身がNPT体制を脆弱にする、翻って、北朝鮮やイランの核開発・保有を認めざるを得ない状況を作り出してしまう。
今、日本が取り組むべきなのは核の保有ではなく、核の拡散防止、そして核がテロ組織などに渡って使われないためにNPT体制を守り、より強固なものにすることなのである。
(4) 日米同盟の再検証
日本の核保有議論は、アメリカにも波紋を投げかけている。私も国政に身を置かせて頂いて約13年になるが、アメリカのホワイトハウス、国務省、国防総省、議会、そして様々なシンクタンクや大学などで、日本の核保有を認める、あるいは積極的に擁護する話は未だかつて聞いたことがない。むしろ、アメリカは日本に対して、軍事的に常に比較優位を保ち続けていたいと考えており、それを維持するためにも日本の行き過ぎた(彼らからすれば)自立は望んでおらず、核の傘を含んだ抑止力の提供をアメリカは主張し続けるだろう。日本の核保有は、このようなアメリカの意向とは反しており、同盟関係は解消も含めた根本的な見直しが必要となるだろう。
アメリカが提供している抑止力は、核の傘だけではない。敵の基地を攻撃できる「矛」の能力は日本にはなく、アメリカだけが持っている。北朝鮮によるミサイル発射や日本沿海で彷徨う不審船の情報も、一義的にはアメリカから提供される。日本が誇るAWACSやイージス艦などの主要装備も、アメリカから購入するものだ。北朝鮮のミサイルから日本を守ることが期待されているミサイル防衛網も、アメリカに依るところが大きい。外交面においても、アメリカとの同盟関係を結んでいる日本という観点から、アセアンなどアジア諸国から日本が一目置かれている面も否定できない。また、アメリカとの同盟関係を結んでいることによって、経済活動の脆弱性も払拭されていると言える。逆に、日本がアメリカとの同盟関係を解消すれば、経済主体としての日本の信頼性が揺らぎ、短期的に株や債券、為替の暴落、金利の急騰など、マイナスの要因が急遽訪れる可能性は否定できない。また、投資先としての価値が下がり、日本への投資は激減し、あるいは投資を引き上げる企業が続発するかもしれない。
アメリカとの同盟関係を見直すことも、長い目で見れば一つの選択肢かもしれない。しかし、1951年の日米安保条約締結以来55年間、日本は安全保障も経済もこの体制でやってきて、抜き差しならない協力関係を両国間で築いてきた。今やアメリカと日本は、世界で第1位、2位の経済大国にまで成長した。もし、見直すのであれば、同じく数十年単位で物事を考えなければならないだろう。すぐに今の方針を変えるのは、空理空論でしかない。別の言い方をすれば、日米関係を白紙にしてまで、今すぐ日本が独自で核を持つ意義は全く見当たらない。
このように、日本の核武装論はあらゆる観点から検証しても非現実的であり、議論を炊きつけている政治家は、浮世離れした観念論者か、はたまた物事を考える力のない「阿呆」だと、私は思うのである。
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