前原誠司の「直球勝負」(9)
ダムを考える
去る8月25日、岩手県にある胆沢(いさわ)ダムの建設現場を視察した。今までダムの視察には、建設現場、建設予定場所も含めて何度、訪れたことだろう。熊本の川辺川ダムは数度、大阪の紀伊丹生川ダム、鳥取の中部ダム、富山県・黒部川の出し平ダムなど、かなり多い。今までは、ダム建設や連携排砂に批判的な観点から視察を行ってきたが、今回の胆沢ダムは、視察の観点が異なる。そもそも、このダムの建設に大きな反対の動きはない。
ダムに対する私の基本的な考えは「緑のダム」、つまり山の保水能力を高め、山全体がダムの役割をする環境に変えていき、出来るだけ人工的なダムは作るべきではないというものだ。私が「次の内閣」の社会資本整備担当のとき、「公共事業基本法」「緑のダム法」をまとめ、国会に提出した。これは田中康夫・前長野知事の脱ダム・緑のダム宣言より前である。ただ、すべてのダムが悪いわけではない。例えば、ナイル川上流のアスワンハイダムがなければ、エジプトの首都・カイロは一年のうち数ヶ月は水に浸かるだろう。要は、本当に必要なダムの条件は何なのかを、十分見極めることが肝要だ。
胆沢ダムの工事事務所々長は、大学時代の軟式野球部の仲間、溝口宏樹氏だ。私のポジションは外野と投手だったが、彼はエース投手で、私は外野を守ることが多かった。胆沢ダムは、形式がロックフィルダム、つまりコンクリートで固めたダムではなく、水を通しにくい粘土質の土からなるコア、コアが流されないように両側には砂利層で保護しているフィルター、そしてコアやフィルターを支えるために頑丈な岩石を積み上げて出来ているロックの3層から成り立つ。ちなみに、日本初のロックフィルダムは胆沢ダムが出来れば水没する石淵ダムで、胆沢ダムは石淵ダムの約10倍の貯水量が期待されている。完成予定は平成25年で、総工費は約2440億円の見込みである。ダム建設の目的は、治水(洪水対策)、利水(灌漑用水)、利水(水道用水)、発電、胆沢川の流量維持の五つだ。
このダムの必要性は、治水よりも利水にその本質があるように感じた。奥州市(旧・水沢市)の扇状地(典型的な河岸段丘になっている)には水田が多く、渇水期においても農業用水を確保した上で、飲み水、川の流量を確保することが重要となる。むしろ2440億円もつぎ込む以上、この地域の農業を活性化させ、巨額の投資に見合う農業振興を、国・県を挙げて更に行わなければならない。
国土交通省は、ともすれば洪水対策を前面に出して、ダム建設の必要性を説く場合が多い。先ほど述べたように、ダムは全くいらないというつもりはない。しかし、地球の気候変動の影響もあって、局地的な大雨が短時間で降ることが多くなってきた。ダムによってすべての洪水を防ぐことは、もはや無理だ。昔は「100年に一度」だと思われた大雨が、より頻繁に降ったり、想定していた最大雨量をも超える長雨、大雨が大いにありうる。従って、予算の枠があるからと言って、ダムを作り続けることはナンセンスで、川は溢れるという前提で洪水対策、街づくり(特に地下街対策)を行わなければならない。これは、人間の本能を呼び覚ます取り組みでもある。
むやみやたらにダムを作ることには反対する。すべてのダム計画を一旦、凍結して、本当に必要なダムかどうかを2年ぐらいかけて検討すべきだ。これが、私が担当者のときにまとめた「緑のダム法案」の根本でもある。
鳥取県の片山善博知事は、私が最も尊敬する知事の一人だが、片山知事が中部ダムを白紙撤回したのは、情報公開条例をタテに「ダムと河川改修で、同じ治水効果を生むためにどちらのコストが高いのかを、もう一度、計算し直した」ことに起因する。
必要な公共事業は行わなければならない。しかし、無駄な公共事業は徹底的に排除しなければならない。財政赤字をこれ以上拡大しないための取り組みを、政治が真摯に行うと共に、教育や社会保障といった人への投資をより充実させるべきである。
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