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前原誠司の『直球勝負!』

前原誠司の「直球勝負」(3)

驚くほど中身のなかった日米首脳会談

首脳会議は「卒業旅行」であってはならない
小泉首相が、早く通常国会を閉じた理由が判ったような気がした。国会開会中にナイアガラの滝やプレスリーの家を見学すると当然、与野党問わず批判を浴びる。憲法改正に関わる国民投票法案、教育基本法案、共謀罪創設に関する法案、防衛庁の省昇格に関わる法案など、重要案件がありながら会期延長がなされなかった本質は、案外ここにあるのではないか。少なくとも、そう穿った見方をしてしまう小泉訪米であった。

「外交に敵も味方もいない。あるのは国家利益だけだ」。これは私が外交を考える上で原点だと考えている旧ソ連・ゴルバチョフ書記長の言葉である。この言葉は当然、同盟国であるアメリカにも当てはまる。アメリカだってボランティアで日本と同盟関係を結んでいるわけではない。国益を実現するために日米同盟を「活用」しているのだ。従って、日本からの国益追及は発信されず、単に「コイズミは5年間、アメリカのために良くやった。だから慰労のために国賓扱いで晩餐会を開き、大統領専用機・エアフォースワンにも乗せて、コイズミの好きなプレスリーの家に連れて行ってやろう」では日本のリーダーとしては失格なのである。ナイアガラの滝やプレスリーの家は、総理をお辞めになってからゆっくり行けば良かったのだ。

BSE問題
日本政府が米国産牛肉の輸入再開に踏み切ったのは、小泉総理の訪米前に懸案事項を片付けたかったからである。これは、疑いの余地はない。輸入再開前にアメリカの施設を日本が査察をするといっても、トレーサビリティー(牛の追跡)が義務付けられていない米国産牛肉の月齢をどうやって確認するのか。輸入再開後に抜き打ち検査をやるということだが、アメリカ政府が行う抜き打ち検査に同行することが、本当の「抜き打ち」になるのか。しかも、日本の検査官の訪米・滞在費用はすべて日本が持ち出しというのは筋が違うのではないか。

私は一貫して、日本の基準を満たした牛肉なら輸入は認めるということを主張してきた。日本に輸出したいなら、日本の基準に合わせるのは当たり前ではないか。なぜ、アメリカの基準を日本に押し付けるのか。アメ車(米国車)だって初めは売れなかった。日本の道路事情に合わないほど大きく、しかも左ハンドル。そしてガソリンをばら撒いて走るような排気量。それを右ハンドルの、従前よりは小さな車を作ることによって、ようやく日本で売れるようになった。牛肉もそうすべきだ。日本に輸出したければ全頭検査を行い、トレーサビリティーを義務付ける。実際、アメリカの業者で全頭検査を行いたいと主張しているところもある。しかし、それをアメリカ農務省は黙殺している。政治力の強い大手パッカーはそれを望んでおらず、しかも、米国産牛肉を輸入している国々が日本に同調することを恐れているからである。

なぜ、日本政府は拙速に輸入再開に踏み切ろうとするのか。アメリカとの関係を優先するためか。日米関係を良好に保つ理由は、国民と生命の安全を守るためではないのか。そうであれば、国民の食の安全を守る以上に、同盟関係を優先する理由がどこにあるというのか。本末転倒ではないか。米国産牛肉の輸入再開は、国民の食の安全のみならず日米関係全般に、将来大きな禍根を残さないためにも、より慎重でなければならない。

イラク問題
政府は、サマワに駐留している陸上自衛隊を引き上げるという決定を行った。民主党は元々、自衛隊のイラク派遣には反対していたので、その決定に異論はないが、陸上部隊の撤退は非常に難しいと聞く。日中の気温が50度を超えるような暑さ、口の中のみならず体中に砂が入り込むような砂嵐、そして宿営地にも砲弾が打ち込まれるなど、常時緊張を強いられる極めて危険な状況の中で任務を遂行してきた自衛隊の皆さんには、心から敬意を表したい。同時に一人の犠牲者も出さず、日本に戻ってこられることを心からお祈り申し上げる。

問題なのは、航空自衛隊の活動範囲を広げるということだ。今までの輸送活動は南部に限定されていたが、今後はテロ活動が一向に収まらない首都・バグダッドやさらに北部の拠点まで輸送活動を広げるという。小泉総理は「自衛隊の活動している地域が非戦闘地域だ」との迷答弁を行ったが、額賀長官も「バグダッド市内は非戦闘地域だとは言い切れないが、バグダッド空港は大丈夫だ」という、小泉総理と同様、極めて便宜的な説明に終始している。今までも、武装集団による輸送機やヘリの撃墜事件が現実に起きている。便宜的な解釈によって、自衛隊員にもしものことがあれば大変だ。航空自衛隊も撤退すべきである。

そもそも、自衛隊のイラクへの派遣は、サマワというごく限られた都市では民生向上に役立ったが、マクロの視点で見れば、アメリカの評価は得たが中東の評価は落とした。つまり、アメリカとの関係を考えてイラク派遣に踏み切ったというのが本質的な理由だ。

しかし、あくまでイラクの復興支援に役立つのだという大義名分を掲げるのであれば、イラク国民の目に見えていた陸上自衛隊を撤退させ、イラク国民には全く見えず、ただアメリカの物資・兵士を運ぶ航空自衛隊の任務を拡大するというのは本末転倒ではないか。理屈に合わない決定だと言わざるを得ない。

そもそも、この戦争は、アメリカの情報操作から始まった戦争だ。フセインが暴君であったとしても、大義なき戦争が正当化されるわけではない。アメリカの駐留が地域の情勢をより複雑化させている。日米は同盟関係にあると言っても、常に同じ行動を取る必要はない。日本独自の国益観に基づいて毅然と判断することが求められる。